働きすぎて

01/05/11

働きすぎて、風邪ひいて

　退職後の生活ぶりを、ここで報告しようとのプランは、最初から躓いてしまった。最初の段階では、引越しとその後始末の忙しさにかこつけて、キーボードに向かえず、その次には、風邪を引き、腰痛まで引き起こして、気力を失ってしまった。やっと立ち直ってきたので、その顛末を報告しよう。

　退職直後は、ひたすら肉体労働の日々だった。車でドア・ツー・ドアの通勤、そしてあとはオフィスにこもりっきり、という生活から解放されて、最初にやってきたのは、これまでやったことのないような密度での肉体労働だった。本宅を水戸に残しての赴任生活であったから、通常の一所帯分はないと思うのだが、いざ引越しとなってみると、けっこうな荷物だった。特に書籍は多く、重い。パソコンシステムも複雑･巨大化していた。

　マイカーの陸送のため、スケジュールの合間を縫って、姫路・水戸間を往復した。引越し荷物は、姫路から送り出し、翌日は水戸で受け取る。着いた荷物の片づけはもっと大変だった。百個近くのダンボールの開梱と収納、分解して送った棚類の組み立て。一つ一つの作業に時間がかかる。年寄りには大変な仕事量だ。箱を開くと、こんどは収める場所がない、仕方がない捨てよう、となると、それも一仕事だった。

　４，５日、朝から晩まで働いても、片づけがまだ半分もすまない。このまま続けてもどうにもならん、ここらで一応終わったことにしよう、あとは長期戦だ、そう宣言して、中断した。

　上京して済ませるべき用事がいくつかあった。メンバーとして参加しているインターネット上の「写真道場」には厳しい掟があって、月ごとに最低ひとつの作品の提出をしないと破門になる。４月は引越しと重なって、ゆっくり撮影するひまがなかった。ぎりぎりの月末、そのための作品を新宿荒木町で撮った。上京した午後から夕方、そして翌日の午前と、さまざまな時間の飲み屋街の雰囲気を撮るべく粘った。こんなことができるのも、自由の身になったればこそ。うれしかったし、力も入った。２、３キロの機材をリュックに背負い、汗を拭き拭きレンズ交換をし、数百コマを撮った。長い時間、何回も徘徊したあたりの飲み屋から女将が出てきた。「今日はずっと撮っているけれど、いい写真撮れますか」と、言葉は丁寧だが、明らかに迷惑そうな言い方をされた。

　このころから風邪がひどくなった。最初は引越し荷物の整理の際、ほこりを吸い込みすぎて喉がいがらっぽくなっただけと思っていたが、どんどん悪くなった。思い出すと荒木町の撮影のころすでに喉飴を手放せなくなっていた。

　長年の友人が「牡丹を見る会」に招いてくれた。多摩に新しく開けた（といっても、もう何十年も経つが）町。そこの自宅の庭で育てている自慢の牡丹が咲き頃を迎えると、数組の夫婦を招いてご馳走をしてくれる。体調はこの日が最悪だった。酒を飲み始めれば何とかなると、勝手に決め込んで出かけた。じつは断ろうにも、相手の電話番号を書いたメモを忘れたのだ。何事もそううまくは運ばない。特にこういうときに限ってそうなのだ。シャンペンから始まって、次々に出てくる一流のフランスワイン(中にはシャトーマルゴーもあった）を飲むほどに、気分はどんどん悪くなっていく。ご馳走にも手が出せない。こういう席では、いつも饒舌になる私が、めずらしくおとなしくしているのを、いぶかしがられた。やっとの思いで、帰宅を申し出、一時間の電車にも耐え、東京自宅に帰り着いた。

　水戸のうちには、ダンボールなど引越しのゴミが山ほどたまっていた。捨てるべき雑誌、書籍類は、もっと多量にあった。月に一回の資源ゴミの日に、それをぜひ出す必要があった。そのため、身体を休めるひまもなく、水戸の自宅に舞い戻った。

　それから10日あまり、風邪は一向に治らないどころか、腰痛まで出てきた。腰痛は何度も経験しているが、今回のやつはたちが悪い。腰骨のあたりだけでなく、腰の全体がずきずきと痛む。日によってその痛み方が違う。座る姿勢が一番つらい。その姿勢から立ち上がるときなど、ギシギシと音がするほど痛む。寝ているしか仕方がない。片付けを一人でやっているみやに、すまぬと思いながら、２階のベッドで寝てすごす。一日ですむと思ったのが、２つ日になり、３っ日になりして、1週間はそんな状態が続いたろうか。やっと昨日あたりから、寝ずにすむようになった。せきと喉のほうも、同時に治まってきた。

　こんな具合で、退職１ヵ月半が過ぎようとしている。最初の目論見では、今ごろは、荷物もすっかり片付き、朝の散歩から始まる一日の日課も軌道に乗り、退職後の盛り沢山のプログラムもスタートしていたはずである。それが、何一つ実現していない。常住の書斎すら、コンピューターのコーナーを除けば、あとは手付かずである。ダンボールや横積みされた本などがそのままに置かれている。

　退職後の期待された生活は、こんな具合に、予想もしていなかった挫折に見舞われた。まあ、自分ひとりのこと、あせらずに身体を本調子にしてから、ぼちぼちと活動を再開しよう。

　それにしても、つくづく思い知らされたのは、あたりまえのことながら、大事なのは健康、ということである。そう無理のきかない年齢である。そのことを忘れて少しがんばりすぎたようである。退職前の生活を振り返ってみると、身体を動かなさ過ぎた。その報いが今きた。

　退職後の課題の第一は、「健康再建」であった。在職中から、こんなことでは健康が持たないな、と感じていた。果たしてそのとおりだった。健康再建は、退職後の最初の挫折を経て、これからである。