スペイン旅行記27

スペイン旅行記　27
（最終回）

第 12 章　こんなものを食べ　た　（その２）

　前回分で朝食・昼食を書いたが、今回は夕食について日を追って、記録する。

３月１６日（土）　マドリードの「チスト」にて★・・・バスク料理
生ハム、レタスのツナ乗せ、チスタ、チョリソー、アスパラガスの玉子和え、アンコウのフリッター、ウナギ（アンギラス）の稚魚フライ、鯛のグリル、パン（レーズン・バター添え）、レモン・シャーベット
（ワイン RIOJA の「SENORIO」と「AMEZOLA」）

　このレストランは、マドリードのサッカーチーム（レアル）の御用達の店だ。何日も前から交渉して、予約を取るのが、とても難しいという。店内の壁には、所狭しと選手たちの、それも昔からの、写真が掲げられている。何十年にも亘っての、選手の溜まり場といった雰囲気だ。ツアーの一行は、８時の予約で出かけたが、まだ、誰もいない。ふつうの人の予約は早くて、９時４５分。遅ければ１１時半だという。それから最低で２時間の食事をするのだから、スペイン人の宵っ張りぶりがわかる。私たちは１０時に食事が終わったのだが、その頃になって、やっとポツリポツリと、予約客がやって来た。だから、私たちにとっては遅い夕食は、まるで貸し切りの雰囲気だった。でも、こういうところでの食事は、人で賑わっている雰囲気も必要。淋しい食事だったともいえる。スペインでは、日本人の夕食時刻は早いということが、最近は知れ渡って、予約の段階で考慮してくれるようになったそうだ。

　バスク地方は、北側の海、ビスケー湾に面し、フランスと国境を接した裕福な地方で、「グルメの地」といわれている。エブロ川に沿うリオハは、スペイン一のワインの産地だ。旅の間に飲んだワインは、リオハ産が多かった。飲んでよし、食べてよしで、ここでの食事は、大満足。

豚の腿一本丸ごとの生ハムを売る肉屋。値段表示はユーロである。大きいものは、一本１万５千円くらいである。

　生ハム（ハモン・セラーノ）は、スペインのどこでも、美味しかった。「ハモン・セラーノ」は、「山の中で作られるハム」という意味だ。樫の木の林に放牧された黒豚が、ドングリを餌にして育つ。成長したら、骨付きの豚の腿を、生のまま１０日間塩漬けにして、その後約２年間、加熱しないで熟成・乾燥させたものだ。バルの天井から、ずらりとぶら下がっている豚の腿は、じつに壮観だ。ハムとしてそのまま薄く切って食べるばかりでなく、煮込みの味付けにも利用する保存食でもある。

　朝食には、生ハムとチーズ、レタスをサンドイッチにして、心ゆくまで食べた。前菜にはたいていどこでも出てくるし、日本のように高価なものではない。「豚の腿肉をお土産にしたいね」と、ツアー仲間は口々にいったものだが、これは出来ない。

　チョリソーは、豚のソーセージで、パプリカなどのスパイスを効かせている。軽くあぶって供された。ウナギ（アンギラス）の稚魚は、スペインの味として有名だ。かき揚げににしたアンギラスに、ニンニクと唐辛子を入れたオリーブオイルをかけて食べた。

３月１７日（日）　持参のカップ・ラーメン★、（ビール）

　外国旅行には、非常食として、カップ・ラーメンを２個持っていく。たいていは、旅の最終日に食べる。ところが今回は、旅の始まり早々に食べた。マドリード、アビラ、セゴビア、そしてマドリードへ戻ってくるという、バスの移動に草臥れてしまい、外に食べに出るのが億劫になったのだ。昼食の「仔豚の丸焼き」も、胃には重かった。「日清のシーフード・カップ・ラーメン」は、旅の常食の定番だ。

３月１８日（月）　グラナダのホテルのレストランで
　サラダ、タラのグリル、果物、
（グラス・ワイン）

３月１９日（火）　コルドバのホテルのレストランで
　サラダ、スープ（野菜とベーコン）、チキンの煮もの、
　ショート・クリーム・ケーキ
（ワイン「MARQUES DE GRINON ALTA RIOJA」）

３月２０日（水）　セビリアのホテルのレストランで
　フルーツ・カクテル、カリフラワーのグラタン、
　鯛の野菜オーブン焼き、プリン
（ワイン「MONTECILLO Crianza」）

３月２１日（木）　トレモニノスのホテルのレストランで、ビュッフェ
　アク：　トマトと豆のスープ、サラダ（ハム・チーズ）、
　　　魚のフライ（アーティチョークとインゲンとスパゲッティ添え）
　　　デザート（チーズ、イチジク）
　みや：　サラダ２種、ベークド・ポテト、果物、
（ワイン「EL COTO RIOJA」）

３月２２日（金）　バルセロナ　「ブラッセリーフロー」にて・・・カタルーニヤ料理★
　ウエルカム・ドリンク「キール・ロワイヤル」
　前菜　生ハム、フォアグラ、貝（巻き貝カラコーレス）
　主菜　アンコウ
　デザート　ココナツ入りイチゴソース
　パン３種　パン・コン・トマテなど
（ワイン「RIOJA Plonopole」、カバ・ベネデス地方産）

　旅行社主催の夕食で、カタルーニヤ音楽堂の近くの、格式のあるレストランへ。雰囲気、料理、サービスすべてが揃っていて、夫と「旅行社が、気合いを入れて頑張っている」と、評価。個人では、なかなか利用しないレストランだ。まずは、アペリティフから始まったが、これは、うれしい。食の楽しみには、ときには一種の儀式のような手順があると、食べ物への期待が出てくるからだ。前菜にでた貝の名前がわからなかったので、帰国後調べたら、「カラコーレス」といい、「海のカタツムリ」。ピックを使ってほじくり出して食べた。幼い頃、小さい巻き貝を食べた記憶が蘇った。海の香りがして、塩の味もそっくりだ。

アンコウ料理。お皿はガウディのグエル公園風の模様

　スペインでは、アンコウをよく食べるという。茨城のアンコウ料理は有名だが、我が家はほとんど、鍋にする。ここでは、ムニエル。

　「パン・コン・トマテ」は、パンの切り口にニンニクをすりつけて、熟したトマトの潰したものをスプレッドしたあとオリーブオイルを垂らしたパン。カタルーニヤ名物。初めて食べてすっかり気に入り、以後、朝食で食べた。スペインの野菜は味が濃い。新鮮で完熟しているので、サラダは、ドレッシングなしで、文句なしに美味しい。「カバ」は、カタルーニヤの発泡ワインで、フランスのシャンペンと同じで、美味しい。最初から最後まで、文句なしに美味。ああ、幸せ！

（追記）　１０時半過ぎにご機嫌でホテルに帰る。部屋に戻らずに、ロビー近くのバーへ。食事の余韻を楽しんだ。夫はガリシア産のアクアデンテ、私はオレンジのノンアルコール・カクテルを注文。「アクアデンテ」はドライな蒸留酒で、添乗員の大橋さんから「スペインの名物ですから１度飲んでみるといいですよ」と薦められていたものだ。ところが、なかなかお目にかからず、ホテルのバーで念願が叶った。買いたかったが、手に入らなくて残念だったもの。大きな鉢にクラッシュド・アイスが入っていて、そこに、アクアデンテの注がれたチューリップ型のグラスが入れられて、サービスされた。

３月２３日（土）　バルセロナの「大西洋酒家」にて★
　前菜盛り合わせ（春巻、スペアリブ、エビフライ、ワンタン皮揚げ煎餅）
　ホタテのシーフードソース和え（竹の子、青梗菜、ヤングコーン）、
海老とマッシュルーム炒め、炒飯、
（ワイン RIOJA RESERVA 1997 Marques de Riskal)

　ホテルの裏の通りにあった中華料理店。８時半頃店に入ったが、先客は、２人の子ども連れの若夫婦だけ。幼稚園くらいの子どもだが、ちっとも座っていない。店内に池が設えてあり、その水をばちゃばちゃとあおったり、傍若無人に歩き回ったり、大声をあげたり。「躾られていないね」と、少々気になる。店の関係者なのだろうか。

　ここの店は、中国人の経営だが、まったく英語が通じない。メニューは中国語とスペイン語だ。漢字でなんとか想像することができたので、上記の料理を注問した。ナイフ＆フォークで食べ始めたが、どうしてもこの食事はお箸がいい。「箸」というスペイン語なんて知らないし、土台ないだろうし、中国語も知りませーん。「choｐ　stick」と言っても、キョトンとしている。ついには、人差し指を揃えて、ものを掴む真似をしながら、口に持っていった。「おーっ・・・」と、笑いながら持ってきたのは割り箸で、袋に「chop　stick」と英語で書いてある。ご丁寧にも、箸の使い方の説明も、英語だ。店のオーナーはともかく、調理人・給仕人は中国から来て、中国語しか話さないのだとわかった。街の中心部に店を構えて、これで客の注文が取れるなんて、すごい！と感心する。

　中華料理は、ほどほどの食べ物だ。日常の食物としても中華もどきを作るから、そんなに抵抗なく食べられる。この店の味はごく普通の中華で、特に感想はない。私たちが帰る頃になって、店内は満席になった。スペインの夕食の遅いのには、感心する。

３月２４日（日）　バルセロナの「タパタパ」にて★・アンダルシア風
　野菜フライ、ホタルイカのフライ、小魚フライ、
（ビール　Lovenbrau 、 Krombacher Pils）

　１１時を過ぎて終わったコンサートの帰りに、ホテルの近くまで来て、前々から入ってみようと話していた店へ。「タパタパ」という店の名前は、タパス（小皿料理）から。タパスの写真が印刷されたテーブル・マットに、ズラーッと番号が付けられていて、食べたいものの番号を注文すればいい。私たちが日本人だとわかると、日本語で書かれたテーブル・マットを持ってきた。カラリと軽く揚げてあるので、歯触りがよく、ビールのつまみには、まことに結構だ。日本の天ぷらは、ポルトガル人によってもたらされたというが、今晩食べたタパスは、かき揚げそっくりだ。イベリア半島に古くからある料理だろう。

　タパスの枕言葉として「アンダルシア風」と書いてあるのが多い。アンダルシア地方はオリーブの産地で、スペイン全体の７０％に近い８千万本のオリーブの木がある。オリーブオイルで揚げる料理が多いのも、納得。そして、アンダルシアを離れたバルセロナでも、タパス料理に、揚げものが威張っている。

３月２５日（月）　バルセロナの「Tragaly」にて★
　みや：　前菜　Pololo Salad with Octopus carpaccio and Chili Vinaigretie
（薫製した蛸のスライス、ボイルポテトの上にパプリカやピメントなどの調味したものがのっている）
　　主菜　Steamed Hade with Lemon and Spicy onion Risotto
（かなり厚いタラの切り身を蒸して、その汁を利用したリゾットで、レモンの味。セロリの薄切りが香味となっている）
　　デザート　Caramel ice cream and toffee sauce crepe
（クレープのわきにアイス・クリームが盛られ、キャラメル・ドレッシングのかかったもの）

　アク：　前菜　Bonito-carpaccio Millefeulle with Sushi Rice（カツオを薄くカラパッチョにしたものを、すし飯で何段か挟んで重ね、海苔で結んだもの）
　　主菜　Rabbit loin stuffed with Chestnuts Sweet Potato Puree and Quince Jelly
（栗を芯にしてウサギの肉を巻いて焼き、外側にサツマイモのピュレーとマルメロのジェリーをかけたもの）
　　デザート　Our Cheesboard with fig-bread
（四角く切ったパンを添えたチーズ７種類）
（ワイン　Contino RIOJA Cosecha 1998)

　バルセロナ最後の夕食をすべく、ホテルを出たのは８時近い。「明日の帰国のための荷物のまとめもあるから、近くのレストランにしようよ」と、ホテルが面しているグラシア通りを歩きながら、レストランを何軒かのぞく。夕食にはまだ時刻は早く、バルが賑わっている。なかなかいい店が見あたらない。夫は、英語のレストラン・ガイドを読んで、いよいよなら、この店と見当をつけていたらしい。「この辺に、いいレストランがあるはずだよ」と、狭い路地に入っていく。路地を入ってすぐのビルの入り口に、数人の若者が屯していて、薄気味悪い。「なんにもしやしないよ。大丈夫だよ」という夫の腕にしがみつきながら、辺りを見回すと、レストランらしい入り口がある。「たぶん、ここだよ」。大通りからはほんの数軒入った場所だ。

　店内に入ると、右手がカウンター・バー。左の方には、数個の丸テーブルのあちこちで、何組みかのグループが、グラスを手に楽しんでいる。１人もいれば、数人のグループもいて、バルの雰囲気だ。カウンターにいる受付らしき人に、「レストランで食事をしたいのですが、予約はしていないのです。大丈夫でしょうか？」と聞く。その間にも、電話が何度もかかってき、その度に中断し、話はなかなか進まない。どうやら、予約の電話を、断っているようだ。「駄目みたいね」と囁きあっていると、「何時の予約がいいのですか？」と聞かれる。「８時半から、夕食のサービスは始まりますが・・・」「じゃあ、８時半からをお願いしましょう」。あっさりと決まって、拍子抜けする。でも、私たちが、最後で、そのあと入ってきた客はみな断られていた。ここは、予約でないと、まずはテーブルの取れない店らしく、私たちはラッキーだったのだ。３０分近く待つことになるので、食前酒を注文し、空いた丸テーブルにくつろいだ。通りを眺めると、目の前は修道院らしい。尼僧が出入りしているのだ。買い物袋を手にしている。１日の仕事が終わったのだろうか。

　シェリー酒を飲みながら、長かったような、短かったような、スペイン旅行の話をする。病気をせずに、無事に最後まで旅をすることができた。やっと、目的を果たせた旅だった。こんな旅は、いつまで続けられるのだろう。などと、話は止めどな続く。

　夕食開始の時刻になると、待っていた客は、次々に名前を呼ばれ、螺旋階段を上って２階へ案内される。その様子はとても格式がある。いいレストランらしい。「うれしい！　スペイン最後の晩餐ってことね」と、目を輝かせる。二階は、階下の雰囲気とはまるっきり違って、しゃれた都会風の洗練された部屋だ。天井はガラス張りのグリーンルームのようになっていて、日除けのカーテンがまるめられている。かなりたくさんのテーブルがある。「さっき電話では断っていたけれど、ここがいっぱいになるのかしらね？」と興味津々だ。さらに３階にも部屋があって、グループの客を案内している。

Ｔｒａｇｌｙレストランの客室と、その夜食べたごちそうの数々。右上からウサギ、タラ、カツオ

　英語のメニューを持ってきてくれる。まずはメニューをゆっくり眺め、それぞれの好みに合わせ、上記の料理を注文した。ワインも今日は、料理の値段に合わせ、高級なリオハを選ぶ。そうこうしているうちに、満席になる。どこもアペリティフを飲み、にぎやかに話が弾んでいる様子。きちんとめかし込んだ人もいる。ビジネス・スーツに身を包んだ会社帰りのグループもいる。前菜に生ハムを注文した人たちの席には、例の豚の足ごとを生ハムにしたものを、ワゴンに乗せて持ってきて、目の前で切って供している。儀式のような雰囲気だ。

　さて、私たちの食事。お寿司のアイディアを取り入れた料理は、醤油味だし、粘りのある米を使っている。パエリアに使う米は、パサパサする種類だから、料理、素材ともに、和食を取り入れたものだ。スペイン料理にも、最近は「創作料理」と称する、他の国の料理を取り入れていると聞いた。特に、スペインは、1992年にバルセロナオリンピックを開催した後の社会変化は著しいという。ＥＣ統合市場が発足したし、つい最近はユーロの流通が始まったばかりだ。「ピレネーの彼方」といわれながらも、国際社会に関わる立場が増えているのだ。それが人々の生活にも、表れはじめている。このレストランで、和食オリジンの料理を口にして、そんなスペインの近況を感じた。

　「ウサギのローストは、柔らかくて、小さな骨がちゃんとあるよ」と、夫はニコニコだ。メニューを眺めながら、できるだけ普段食べられない料理を探すのが、趣味なのだ。夫は、デザートに、チーズがあればそれにするのも定番で、今回もいろんな味を食べ比べてご満足。

　私は魚料理がいい。蛸は好きだが、前菜に出た薫製は珍しい。蒸したタラの汁をリゾットの味つけにする調理法は、これから参考にしよう。美味しい料理を食べながら、そのアイディアを頂くことも忘れない。雰囲気よし、味よし、サービスよしの大満足だ。今までの外国旅行では、「最後の晩餐」は、たいてい「カップラーメン」だった。今回は、スペイン到着早々に、それを食べてしまった。そのお陰で「素敵な最後の晩餐」を味わえたし、よい旅の締めくくりにもなったのだ。「悪くないなあ」と、ご機嫌でホテルに戻ったのが１１時２０分頃。大急ぎでパッキングをして、おやすみなさい。