倹約と贅沢

02/９/25

倹約家ワイフとの暮らし

　寒くて目が覚めた。猛暑の夏が去ったとたんに、水戸では朝は結構冷え込む。今朝は１２度だった。寒いも道理、足がタオルケットから出ている。暑い夏には、腹に掛けるだけだから気がつかなかったが、このタオルケットは妙に寸足らずである。ワイフが目覚めたので、ベッドに寝て、これを掛けたところを実演して見せた。くるぶしから先が出てしまう。「おい、おい。もうちょっとまともなものを使わせてくれよ」。「これは、子供たちが小学生の頃使っていたものなの」とワイフは笑っている。もう２５年か３０年使っていることになる。

　ワイフはものもちがいい。ときどき何だかなつかしいドレスを着ているな、と思うと、結婚前、デイトしていたころ着ていたものだったりする。若い頃からの体型が変わっていないのが自慢である。

　風呂から上がって、湯上がりタオルで身体を拭うのは、快感である。ところがときどき、使いすぎて繊維の芯だけが残り、拭えば、皮膚に傷が付きかねないものが用意されていることがある。洗濯のあと乾燥機にかければ、ふんわりとするのだが、ワイフは、しっかり天日干しにするのである。せっかく設備してある乾燥機は電気代がもったいないとめったに使わない。湯上がりタオルは結構もらい物があったりして、戸棚を開けると、、箱詰めされた新品が山積みされている。あれを使わせてくれたらなあ、と思うのだが、使い古しの方が乾布摩擦になっていいと思っているのだろうか。ワイフは、ものをとことん使うのは、物への感謝だ、という。

　このところ、少しは家事分担をしてやらねばと、食事の後かたづけは全部私がやることにしている。それで気がついたのだが、アルマイトの鍋の底はぺこぺこに歪んでいる。その凹部には黒いものがこびりついている。私は凝り性である。食器洗いをやる以上、食器洗いのエキスパートになろうという気である。この黒い付着物は気に入らない。たわしの類では埒が明かない。ワイヤブラシでこすってみる。とても一度には落ちない。今日はこの部分、次は別の部分と、少しずつ汚れ落としに挑戦だ。ワイフは、穴があかないかとはらはらしている。何しろ結婚以来４５年余使ってきたものだ。フライパンも柄が折れているのがある。これは豆炒り専用だと使っている。この底もひどい。長年の付着物が，厚くこびりついている。ワイヤブラシで少しずつ退治している。

　夕食にはビールを飲む。安物のガラスコップをずっと使っている。何年か前、Ｂ君が手みやげに持ってきた水菓子の容器の転用である。どうもワイフは、このコップが気に入っているらしい。立派なクリスタルグラスのものは食器棚に収まったままである。このところ来客もめっきり少なくなったから、あまり出番はない。ビールのあとの冷酒になると、私ひとり気に入りの冷酒グラスを使っている。これは良いものだ。だが、食後のウィスキーはサントリーのおまけグラスで飲んでいる。考えてみれば、私も飼い慣らされている。立派なマイグラスはめったに使わない。

　東京暮らしの間は、外食が多い。マンションのキッチンは使いにくく、料理をする気がしないらしい。これはいい機会だ。せいぜいあれこれとグルメをしようと、私は張り切った。しかし、どうも値の張る外食は、ワイフのお気に召さない。高級レストランでの夕食は、だんだん回数が減り、このところ行くのは、一人千円以下ですむ定食屋さんである。東京は、若い人、単身の人が多いから、そういう人向けの定食屋さんが結構ある。よくこんな値段でやって行けると感心する。それでいてなかなかバランスのいい食事を出す。福田和也の「贅沢入門」などはるか遠い世界である。

　ワイフは結構読書家である。しかし文庫本しか買わない。読みたい単行本を見ても、「文庫本になるまで待つ」という。わたしは、本は、これはと思うものは見かけたときに買う主義である。二人の本代は、桁が違うほど格差がある。

　外出時にタクシーは使わない。私は、年取ってきたのだし、歩くことによって疲れるよりも、タクシーを使って楽をし、時間も節約した方がいい、と主張するが、容れられない。海外旅行の時でも、いつもこれで衝突する。貴重な時間だから、タクシーで移動した方がいい、といっても、歩ける距離なら歩こうとする。その結果疲れて、予定をはしょることになっても、それでいいという。

　まだまだ書けば、いくらでもある。とにかくワイフは倹約家なのである。そのことを、退職して、四六時中生活をともにするようになって、しっかりと知ることとなった。倹約しなければ生活が成り立たないというわけではない。多少の貯えもないわけではない。しかし、倹約は美徳。これはワイフの生活信条の第一箇条である、らしい。子供の頃から身につけた倹約精神が、消費こそ美徳、という時代を通り抜けて生きている。戦中・戦後のきびしい暮らしを体験したこの世代のご婦人はほとんど同じ考え方なのではないか。

　私は、というと、浪費家ではないつもりだが、生活の質の豊かさを追い求める方である。或るものを買うとする。目的は同じなら、良質のものを購おうとする。多少値が張っても、それを使うときの気分の良さを買うのである。本はハードカバーがいい。ほしい本なら、値段が高くても買うのを躊躇することはない。着るものも、良質で個性的なものがいい。日本酒は純米吟醸酒。ビールはエビスか、モルツのスーパー・プレミアム。両方とも麦芽百パーセント。味も苦みがよく効いている。アサヒ・スーパードライは敬遠する。発泡酒などとんでもない。ウィスキーはワイルドターキー８年もの。ワインは虚名で高価なものを敬遠し、実質的な値段で妥協する。でも、安ワインは要らない。

　音楽会、オペラ、観劇などでは、特別席を買う。せっかく見るのだから、できるだけいい席で見たい。コンサートはまだしも、オペラや演劇となると、席の善し悪しは、印象を大きく左右する。旅行先で泊まるなら、自分の所得に見合った範囲で、いいホテルに泊まることを心がける。値段なりの快適さがあるからである。

　贅沢を自己目的にしようとは思わないが、金をかけ、良質なものを飲み食いし、身の回りで使うことによる、豊かな生活感を追い求めたい。物質的な贅沢ではない。気持ちの贅沢である。それが、ものの考え方をゆとりあるものにしてくれる。けちけち気分の生活からは、貧相な感性、貧弱なものの考え方しか生まれない。

　ワイフも、私のこの生活感は理解してくれている。そうでありながら、しみついた倹約精神は抜けない。互いに主張し合い、歩み寄りながらの毎日である。さて、今晩からは、足先までを全部覆うタオルケットで寝られるだろうか。明日朝も冷えそうである。

【この項には、ワイフは、彼女なりに、いいたいことがあることでしょう】